ゆく河の流れは絶えずして
『ゆく河の流れは絶えずして』

登場人物

葉子(はこ・女性)



     緩やかで美しい河のほとり

     葉子がやって来る
     バックパッカーらしい身なり

     しばらく河の流れを眺めている

葉子 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
   そうです、鴨長明さんの言葉です。私、とても好きなんですよ、この言葉。
   言葉っていうか、長明さんの考え方が好きなのかな。
   世の中って、せかせかしてるでしょ。効率化、システム、人間関係、あと、うー
   ん……色々と。早送りなんですよねぇ、毎日。さぁ次! さぁ次! みたいな。
   だから、立ち止まって「ああ、河の流れと一緒で無常なんだなぁ」って、長明さ
   んが考えているところを想像すると、何だかホッとするんです。
   ……おかしいですかね? まぁ、人の考えなんて十人十色ですからね。これも些
   細なことなんですよ。

     近くの岩場に腰掛ける葉子

葉子 私の名前ですか? 葉子っていいます。葉っぱに、子どもの子で葉子。よく、ヨ
   ウコと間違われますよ。えぇ、慣れっこです。
   (バックパックを見て)これですか。色々と入ってますよ。仕事もありましたか
   ら、長旅はできなかったんですけどね。せいぜい、1、2日くらい。
   もっぱら、一人旅です。場所だけおおざっぱに決めて、あとは行ってからです
   ね。あはは、そうです。割とノープランですよ。寄り道、回り道も旅の醍醐味で
   すから。
   旅が好きなんです。色んな景色を見ておきたかったんですよね。
   人って、よく感動するでしょう。感受性の強い生き物だから。
   でも、何に対して感動するかは、人それぞれじゃないですか。価値観、とかよく
   言われてますけど。私の場合、旅先で出会ったもの全てが価値のあるものなんで
   す。無駄なものは一切ありません。その地で空気を吸えるだけで、私は感動する
   んですよ。
   ……おかしいですかね? あはは、顔に書いてますよ。
   あなたは、どんな時に感動します? ……あ、そんなに悩まないで。別に、難し
   く考えなくたっていいじゃないですか。普段の、何気ない行動に目を向けてみる
   のも、面白いですよ。

     再び立ち上がり、河の流れに目を向ける

葉子 綺麗な河ですね。本当に綺麗です。吸い込まれそう。
   実家の近所にもね、丁度、こんな河が流れていたんです。
   男の子たちは、よくそこで遊んでいて。水をかけ合ったり、メダカやザリガニを
   捕まえてみたり……。皆、とても楽しそうでした。
   本当は、私も混ざりたかったんです。男の子たちがはしゃいでいるのを、遠くか
   らうずうす眺めていました。女の子っぽい遊びとは、縁がなかったんですよね。
   体を動かす方が性に合ってました。でも、男の子の集団に入っていくのは、何だ
   か恥ずかしいし……。そんな時、その中の一人が、私に気付いてくれたんです。
   「やりたいなら、お前も来いよ」って。その声が力強くて、透き通っていて、今
   でも鮮明に覚えています。それからはほぼ毎日、その男の子たちと遊んでいまし
   た。うん、楽しかったなぁ。
   ごめんなさい、私ばかり話しちゃって。え、あなたも?
   へぇ、やんちゃだったんですね。とてもそうは見えませんけど。
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